創業明治三十年 川魚料理 あかみず
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創業明治三十年 川魚料理 あかみず
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唐津の観光
鏡山
 唐津市の東部にある鏡山。別名「領布振山」(ひれふりやま)と呼ばれ、その所以は「松浦佐用姫」の物語にあります。
その昔、松浦の長者の娘、佐用姫(さよひめ)と青年武将であった大伴峡手彦(おおともさでひこ)は恋を語り合う仲になりました。やがて佐用姫は、任那(にな)を救うため外征に向かう峡手彦をここ鏡山で領布を振り別れを惜しみました。その辛さを耐えきれず後を追い、ついに加部島で石になったという伝説がございます。 鏡山の山頂には、展望台があり日本三大松原「虹の松原」や唐津湾が一望できます。また、鏡山神社があり、おみやげ屋や、芝生広場、休憩所などがあります。
4月初旬には桜を観賞することができます。登山道の両脇には4キロばかり花のトンネルができます。唐津近辺の桜の名所の一つといわれています。
虹の松原
 虹の松原は、浜玉町から唐津市にかけて、幅400〜700m、長さ約4km、総面積約240haにわたる、通称100万本のクロマツを中心とした松林です。
 今からおよそ360年前の江戸時代初期に、時の藩主寺沢志摩守廣高が後背地の新田開発などのための防風、防砂、防潮林として植林をしたのが始まりといわれています。
 幕藩時代には、「二里の松原」「御松原」と呼ばれていましたが明治30年代頃から「虹の松原」と呼ばれるようになりました。
 現在では松原の中央を国道202号線が東西に通っており、観光名所として年間を通して全国から多くの観光客が訪れ、両側から張り出した松の枝によって造られた自然のトンネルが、多くの人に感動を与え、また絶賛を受けています。
 近年、マツクイムシ等の被害により、若干樹勢の衰えた大木もみられ、その原因の究明あるいは薬剤散布等、懸命の保護措置が講じられております。
 昭和30年に「特別名勝」に指定されています。また、昭和58年「日本の自然百選」「日本の名勝百選」となり、昭和62年には「日本の道百選」にも選ばれています。
 鏡山や魚見台公園から展望した、海、砂浜、松原とが織り成す紺碧・白・緑の自然のコントラストは絶景で、日本三代松原の一つといわれています。
唐津くんち
 唐津くんちは、唐津市南城内にある唐津神社の秋祭りで、16世紀の終わりに始まったと伝えられています。元来は旧暦9月29日を中心にして催されましたが、やがて月遅れの10月29日に、さらに昭和43年から現在の11月3日を中心とした祭りにと変更されました。
 唐津くんち最大の呼びものは、氏子が奉納する曳山行列です。刀町の1番ヤマ「赤獅子」から14番ヤマ「七宝丸」まで、いずれも勇壮華麗な14台が登場します。この曳山は、文政2年(1819)に、刀町の木彫家だったといわれる石崎嘉兵衛が伊勢参りの帰途に京都で見た祇園山笠をヒントにして、仲間たちと赤獅子をつくり奉納したのが始まりです。以来、明治9年(1876)までの57年間に他の14台がつくられました。(紺屋町の黒獅子は明治10〜25年の間に消滅と推定されています。)ちなみに1台の制作費を現在のお金に換算すると、1億5千万円になるといいます。
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